学生諸君へのメッセージ 川村貞夫
選択の余地の無い人の強み
コロナウイルス感染の運の悪さを嘆いている人がいるかもしません.確かに今まで,出来きたことが出来なくなっています.今までは,我々は好きなことを選択してきました.現在,大学の学生・院生は自宅待機状態で,通常の学習環境は保証されず,1日の行動に選択の余地は多くありません.しかし,選択の余地の無い状態は,マイナスのみではなく,絶好の機会でもあります.現在社会は,選択の幅が広すぎて,何かに集中する覚悟が決め難い状態と思えます.選択の余地が無い人は,その人のエネルギーを,やるべきことに集中できる強みを持っています.
ロボット分野では
我々のロボット分野は,ロボットというハードウエアを対象とします.したがって,理論的な内容だけではなく,センサ,アクチュエータ,コンピュータ,機構,エネルギー源などのハードウエアを取扱います.近年,各ハードウエアは高度に発達して,様々なロボットが実現できる可能性は高まっています.そのため最近では,自然にハードウエアを取り扱う時間の方が長くなり,理論的な考察を深めるための時間は相対的に減っています.今回,ハードウエアを大学の研究室で取り扱うことができませんので,このような好機に理論的な深い考察が可能となります.ロボットを実現するための理論,制御するための理論,モデリング技術,シミュレーション方法など,自宅で学習が可能です.ただし,インターネット環境には膨大な情報があり,自分にとって有用な情報を検索すること自体が困難と思います.情報の精選は,我々大学の教員が遠隔から十分に支援できます.いままで以上に質問など不明な点を教員側に連絡することが重要です.
技術史から学ぶこと
今回の状況で,私が思い出したことがあります.それは,過去に読んだフォン・カルマンの伝記「大空への挑戦」の中に書かれてある事実です.第1次世界大戦でドイツは連合国に敗れました.第1次世界大戦では,航空機が登場します.ドイツの航空機産業の発展を恐れた連合国は,ドイツにおける動力付きの航空機開発を禁じます.そのため,ドイツでは,当時の先端研究である動力機付きの航空機の研究は不可能でした.しかし,そのことが,効率的に長距離を飛行できる滑空の科学と技術を高度に発展させました.これも選択の余地の無い状況が生み出した例と思います.このような例は,科学と技術の歴史にたくさん見られます.
これから
学生諸君は,大学での通常の活動ができずに,不安を持っている人も多いと思います.皆さんよりも長い私の人生においても,この状況は初めてのことであり,過去の事実から妥当な経験則を語れません.このような場合においても,常に科学的・論理的に考えることが重要と思います.このウイルスの特性が十分に理解できない現状ではありますが,現在までに分かっている事実を自分自身で集約して考え,各自の生活の方針を組み立ててください.
この状況は,何らかの形で収束します.その後は,今までと同じような生活環境,経済環境,学習環境の延長は難しくなると思います.地球環境問題を想定しても,エネルギー削減の意味からも人類の活動を制約すべき時期と思います.一方,制約から発生する問題を解決するために,今まで以上にIoTやロボットを利用する必要性が高まると予想されます.新しいビジネスモデルも必要となります.このような新しい社会の創造は,若い世代である学生諸君の皆さんに託されています.このために,今はじっくりと自分の知識や判断力を養って下さい.ただし,人は動物ですので,動かない静物にはなれません.自宅や問題の無い環境で身体を動かし,食事や健康維持には気をつけてください.
2020年4月24日 川村貞夫